愛人に遺産を贈与したいという遺言が見つかった

代表弁護士 田中 克憲 (たなか かつのり)

資産家の死後に「愛人に遺産を全部あげる」内容の遺言が出てきた…まるで2時間ドラマや推理小説に出てくるような話ですよね。
 
実際こうした困った遺言が出てきた場合、遺族はどう対応すればよいのでしょうか。
 
今回は具体例を交えながら、遺言の基本的なルールについて紹介します。
 

事例

私は三人兄弟の長男です。
父親は会社を経営しており、父親の引退後は私が会社を継ぐことになっていました。
父親は会社の株式などの財産を跡取りである私に多く承継させるために公正証書遺言を残しており、その内容については家族全員が了解済みです。
 
この間、父親が病気で亡くなりましたが、お葬式の後にある女性が「父親の遺言書」という書類を持って現れました。
 
それは、私たちが存在を知っていた公正証書遺言より新しい日付けの自筆証書遺言で、その女性に財産をすべて贈与するという内容のものであり、家族一同衝撃を受けています……。
 
どうも父親は晩年その女性と趣味のゴルフを通して出会い、10年ほど不倫関係にあったようです。
 
父親の不倫を知った母親はショックを受けて寝込んでしまいました。
私も会社経営の関係がありますし、今回の父親の行動には憤りを感じています。
 
なんとか愛人に父親の遺産が渡るのを阻止したいのですが、何か良い方法はありますでしょうか?
 

Q:愛人に父親の遺産を渡さずに相続を終えることは可能ですか?

A:遺言が複数ある場合は日付の新しい遺言が有効になります。
新しい遺言書が偽造されたなどの特殊な事情がない限りは難しいといえます。
 

知っておきたい遺言のルール

ここでまず、遺言や相続のルールについて簡単に確認しておきましょう。
 

法定相続と遺言相続

遺言がない場合、法定相続で相続人が遺産を相続することになります。
 
しかし、遺言がある場合は話が別です。
遺言は、故人が遺産の分け方について自分の希望を実現するため、一定の様式に沿って作成される書類です。
 
遺言がある場合は、原則として遺言にある故人の意思が尊重され、遺言の内容に沿って相続が行われます。
また、遺言で故人が望めば、遺贈といって、特定の誰かに遺産をあげることもできます。
 

遺言の種類

遺言には厳格な様式が定められており、法律で決められた通りの方法で作成しないと無効になってしまいます。
 
一般的によく使われる遺言には、自筆証書遺言と公正証書遺言があります。
 
自筆証書遺言は作成者が自分で本文、日付を手書きして自署・押印した遺言をいいます。
 
一方、公正証書遺言は公証役場で公証人の関与の元で作られる遺言をいいます。
 

複数の遺言が発見された場合の処理

自筆証書遺言、公正証書遺言ともに遺言書には作成した日付が入ります。
 
遺言の日付は遺言の効力を考える上で非常に重要なものです。
 
というのも、遺言は何度も作成し直すことができるため、日付の違う複数の遺言が出てくるという可能性も十分にありえるからです。
 
複数の遺言がある場合は、より新しい日付の遺言の内容が有効になります。
 
今回の事例では、愛人に遺贈する旨の遺言が日付が一番新しい遺言になりますので、より新しい日付の遺言が出てこない限りは、愛人の持ってきた遺言が有効ということになります。
 

新しい遺言を無効にする方法はあるか

新しい遺言が見つかった場合、基本的に新しい遺言の内容が有効になります。
 
もっとも例外的に遺言を無効にできる場合があります。
 
1つは遺言が本人の意思で作られたとはいえない場合です。
具体的には遺言が偽造された場合や遺言を書いた日に判断能力が極度に低下していたような場合が該当します。
 
たとえば遺言を作成するためには、ある程度の判断能力が必要です。
 
遺言の作成日とされる日に本人が認知症になっていたような場合には、いくら本人が作ったものでも遺言は無効になります。
 
このようなケースでは医師のカルテなどの証拠があれば、遺言の有効性を争うことが可能です。
 
もう1つは、「愛人契約を維持するために遺産をあげる約束をした」といった特殊な事情がある場合です。
こういった特殊な事情がある場合、公序良俗違反で遺言を無効にできる可能性があります。
 

遺言を無効にできなかった場合は?

もし遺言が無効にできなかった場合、遺族としては遺留分を請求するしかありません。
 
今回のケースでは、配偶者と子供が相続人になっているので、相続人はそれぞれ遺留分を請求できます。
 
各相続人の遺留分は、相対的遺留分割合×法定相続分で求めることができます。
 
今回の事例では相対的遺留分割合は1/2ですので、相続人全員の遺留分を合わせれば遺産の半分は確保できます。
一方、あとの半分は遺言の通り、愛人に渡さなければなりません。
 
なお、各相続人の具体的な遺留分の割合については以下のとおりです。
 

  • 配偶者=1/2×1/2=1/4
  • 子ども(1人あたり)=1/2×1/2×1/2=1/8

 
各相続人は遺産全体のうち、これらの割合に相当する価額の遺産を確保できます。
今回の事例では、会社経営のために相談者に遺産を集中させなければならない事情がありますので、あとは相続人同士の話し合いで各自の最終的な取り分を決めるということになるでしょう。
 
また、遺言によって愛人の手に渡った株式などの会社関連の資産については、このままにしておくと会社経営に支障が出る可能性があります。
後のトラブルを防ぐためにも、愛人から現金で買い取るというのが現実的な解決方法になるのではないでしょうか。
 
なお、今回は故人に愛人がいるケースですので、配偶者は相続問題とは別に不貞行為の慰謝料を愛人に請求できます。
 

愛人が妊娠していた場合、相続はどうなるのか?

愛人が妊娠していた場合、認知を受けた胎児・子どもは相続人になります。
 
また、故人が認知をしていなくても、出産後に愛人が認知の訴えを提起して、相続人と愛人の子との間に親子関係が認められる可能性があります。
その場合は、相続人が増える可能性があります。
 
認知の訴えが提起された場合、この裁判の結果が確定するまでは相続の手続きを進めることができません。
相続問題の最終的な解決までには年単位で時間が必要になるでしょう。
 

弁護士からひとこと

さすがに「愛人に遺産を全部あげる」遺言が出てくるのはレアケースだと思われますが、遺言の内容が原因でトラブルになるケースは珍しくありません。
 
相続対策の基本といわれる遺言ですが、遺言を書いたことでかえって相続争いが起きてしまうことがあるのです。
 
特に「特定の相続人に多く財産をあげる」内容の遺言や遺留分を侵害するような遺言が出てきた場合、他の相続人の反発を招き、相続トラブルに発展する可能性が出てきます。
 
こうした事態を防ぐためには、生前のうちに家族で話し合い、全員が納得できるような内容の遺言を作成するしかありません。
 
なお、事業承継のために株式などの資産を特定人の相続人に集中させたいケースもあると思います。
しかし、特に株式は資産価値の評価も含め難しいところがある財産です。
遺産の総額にもよりますが、家族間での根回しが済んでいないとトラブルの原因になる可能性があります。
こうしたトラブルを防ぐためにも、事業承継を考えている方の相続は事前にスキームを組んで行わなければなりません。
 
相続をスムーズに終えるためには、事前準備が重要です。
気になること、不安なことがありましたら、まず弁護士にご相談いただければと思います。

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