相続放棄をしたら不動産の管理責任はなくなる?【弁護士解説】

代表弁護士 田中 克憲 (たなか かつのり)

空き家問題の解決などを目的として民法が改正され、令和5年4月1日から施行されます。
今回の改正における大きな変更点の1つが、相続放棄をした場合の不動産の管理責任です。
法改正に伴う新しい制度の概要と今後の展望について宿谷弁護士に伺いました。
 

事例

私は2人姉妹の次女です。
この間遠方に住んでいた父親が亡くなり、相続が起きました。
幼い頃に両親が離婚して父親とは長年疎遠な関係にあったこと、相続不動産のほとんどが田舎の山林や農地であったことから、姉ともども相続放棄をしようと考えています。
しかし、父の相続人は私と姉しかおらず、全員が相続放棄をしてしまうと、誰も相続人がいなくなってしまいます。
全員が相続放棄した場合、不動産の管理は誰がすることになるのでしょうか?
不動産の中には空き家もありますので、このまま放置しておくのも心配です。
引き取り手が見つかるまでは私たちが管理しなければならないのか、気になっています。
 

相続放棄をした場合の不動産の管理責任について

ー今回の事例では、相談者は「相続放棄をしたい」ということですが、その場合、相続放棄した後の不動産は誰が管理をすることになるのでしょうか?
 
宿谷弁護士:今回の事例は、相続人が全員相続放棄をしようとしているケースにあたります。
この場合、民法の改正前と改正後では扱いが異なります。
というのも、改正前の民法では、相続人全員が相続放棄した場合、最後に放棄した人が不動産の管理責任を負うということになっていたんですね。
一方、改正後の民法では、現に自分が占有していない不動産については、相続放棄をした人は管理責任を負わなくてもよいということになりました。
 
ー相続放棄をした人の責任が軽くなったということでしょうか。
 
宿谷弁護士:そうですね。
不動産の管理責任を負うとなると、空き家の修繕や庭の手入れをきちんとしないといけないとか、外壁が崩れて人にケガをさせた場合は損害賠償しないといけないとか、そういう話になってきますので。
 
ー相続放棄をしたはずなのに、こうした責任を負わなければならないのはかなりの負担感がありますね。
 
宿谷弁護士:従来の民法だと、「その不動産を一度も見たことすらないのに、管理責任を負うことになるんですか?」という、相続放棄したい相続人にとっては理不尽な制度になっていましたからね。
管理義務の内容も、いつまでやらなければならないのかという期限も不明確で、条文としてもちょっと使い勝手が悪かったんです。
 
ーなるほど……。
 
宿谷弁護士:相続放棄をしたい相続人って、被相続人と疎遠な関係になっていて、下手をすると不動産の存在すら知らないというケースも多々あると思うんですよ。
今回の改正は、従来からあった制度の内容をわかりやすくしつつ、被相続人と疎遠な関係にある相続人に不利益を負わせないためのものになっていると思います。
今回の改正によって、不動産を「現に占有」している相続人ーー言い換えると、被相続人と一緒に当該不動産に住んでいたとか、不動産をもともと管理していたといった相続人以外は、相続放棄後に不動産の管理をしなくてもよくなりました。
 

相続人全員が相続放棄してしまった場合はどうなるのか?

ー今回の事例は、相続人全員が相続放棄をしてしまいそうなケースですが、この場合、不動産の管理は誰が行うことになるのでしょうか?
 
宿谷弁護士:今回は、まさに相続人全員が相続不動産を「現に占有」していないケースにあたると思います。
ですので、改正法を前提にすれば、他に相談者とお姉さんのほかに相続人になりうる人がいない状況であれば、お二人が放棄した後は「誰も管理者がいない状態になる」という結論にならざるを得ないでしょうね。
一方、今回の改正の前に相続が起きていたのであれば、最後に放棄した人が管理義務を負います。
 
ーなるほど。
ここで、条文を見ると、相続人が1人もいなくなってしまった場合には、「相続財産の清算人」(相続財産清算人)という人が選任されて、財産の管理などをしてくれるそうですね。
結局は、この人に管理してもらうことになるのでしょうか?
 
宿谷弁護士:相続財産清算人が選任されれば、それがいちばん無難でしょうね。
ただ、ここでひとつ問題があります。
というのも、相続財産清算人は自動的に選任されるわけではないんですよ。
 
ーえっ、相続財産清算人って、相続人が誰もいなくなった段階で、国が勝手に選んでくれるんじゃないんですか?
 
宿谷弁護士:いえ、そうではありません。
相続人などの利害関係者、あるいは検察官が家庭裁判所に申立てをして、そこで初めて選任の手続きが行われることになります。
検察官が動いてくれるケースはあまりないと思いますので、相続人などの利害関係者が動くことになる……というのが現実的な話になってくると思います。
 
ー相続放棄をしたのに、さらに手続きをしなければならないんですか。
正直、ものすごく面倒です……。
 
宿谷弁護士:おっしゃるとおりで、この点が改正前の制度の問題だったかな、と感じますね。
相続放棄をしたいという人の中には、「被相続人と疎遠だし、これ以上関わりたくない」「借金もあるかもしれないし、面倒ごとに巻き込まれなくない」という方も多いと思うんです。
こういう方に、相続財産清算人の選任手続きをする余力があるのかというと……。
もっと言ってしまうと、費用面でのハードルもすごく高いんです。
というのも、相続財産清算人の選任をするためには、予納金を収めなければならないんですよ。
予納金というのは、相続財産清算人の報酬や管理に必要な実費にあてられるお金です。
これが、まとまった金額が必要になるものでして。
 
ー予納金って、具体的にいくらくらいかかるのでしょうか?
 
宿谷弁護士:管理する財産の内容によっても変わってくるのですが、不動産がある場合は百万円以上になるケースもあるでしょうね。
建物の解体費用なども必要になりますから。
 
ー百万円ですか!? これだけの金額を一度に用意するって、結構大変なことですよ……。
 
宿谷弁護士:暮らしに余裕のある方ばかりではないですからね。
「借金があるかもしれないから相続放棄しよう」と思っているのに、「余計なお金がかかるのは困るなあ」と感じる方もいるでしょう。
 
ーということは、相続財産清算人の選任で最大のハードルは予納金でしょうか。
 
宿谷弁護士:お金の問題は大きいでしょうね。
そのほか、単純に制度自体を知らないというケースも結構あると思いますよ。
一方、改正後については、より問題は複雑です。
そもそも現に不動産を占有していなければ、相続人がわざわざ選任手続きをする必要もないわけですから。
自治体が選任の手続きをしなければならないとか、そういう話になってくるんだと思いますが……こればかりは今後の運用を見ないとわからない。
 
ー条文を見ていると、相続人がいない場合、相続財産清算人を選任することが前提になっているような印象があるのですが、実務上はあまりうまくいっていないのでしょうか……?
 
宿谷弁護士:あくまでも個人的な印象になりますが、私自身これまで相続財産清算人が選任されたケースってあまり出会ったことがないですね。
 
改正前なら最後に放棄した人が管理すればいいわけですから、他の相続人にとっては選任するメリットがありません。
改正法では、現に不動産を占有している人がいなければ、相続放棄すれば誰も管理しなくてもいいという話になりますので、極端な話、相続人としては「何もせずに放置する」という選択も取れるわけです。
となると、あえて選任に動く動機がありません。
 
ある意味、相続人以外の人……たとえば自治体や国が動かざるを得ない制度になったということではないでしょうか。
このあたりの手当がどうなされるかは、今後課題になってくる部分だと思いますよ。
 

相続放棄や「負」動産の相談は弁護士に

ー最後に、ひとこと相続でお悩みの方に向けて、メッセージをお願いします。
 
宿谷弁護士:誰も引き取り手のいない不動産の扱いについては法改正の影響もあり、まだ実務のあり方が定まっていない部分が大きいです。
これから裁判例が蓄積され、運用方針が固まってくる段階だと思います。
ただ、こうした状況でも相続は起きますし、さまざまな事情から相続放棄をしなければならない人も出てくるでしょう。
不安なく手続きを進めるためにも、不動産の処分をどうするかも含め、まずは弁護士にご相談いただければと思います。

078-335-5050
平日10:00〜20:00 ※ご予約で夜間・休日対応可能